なぜJR東海は高島屋を選んだのか

名古屋を訪れる時は、JRの新幹線利用が多いです。和歌山市からだと約3時間ほどで到着できるからです。近鉄を使う時も結局は名古屋駅に到着します。名古屋駅前に出るために駅コンコースや駅構内を通ると、その賑わいに圧倒されます。
名古屋駅の上には3棟のビルが建設されていて、右から丸いビル2棟が合体した1999年開業のJRセントラルタワーズと左端の四角いビルの2017年開業のJRゲートタワーから成り立っています。

JRセントラルタワーズ&ゲートタワー             JR名古屋駅構内 高島屋前

このJR名古屋駅に入居している株式会社 ジェイアール東海高島屋は
2025年2月期で2154億円の売上をたたき出しており、百貨店売上ランキングでも上位3位につけています。
出典 株式会社 ジェイアール東海高島屋HPより
https://x.gd/BerU5

出典 WWDJAPAN HP  百貨店売上ランキングよりhttps://www.wwdjapan.com/articles/2116545

これまで名古屋の商業中心地と言えば栄地区と言われていましたが、このJR東海による駅ビルの建築と高島屋などの商業施設などの誘致により、商業地の重心がすっかり移動した感があります。
愛知県立旭丘高等学校 1 年 ,蟹江祐斗 蒔田歩夢 両氏による名古屋周辺駅の増減調査『鉄道からみる名古屋の未来』によれば、2000年に栄駅の乗降客数の減少が現れ、その原因として1999年に開業したJRセントラルタワーズの影響が挙げられています。
出典『鉄道からみる名古屋の未来』
https://asahigaoka-h.aichi-c.ed.jp/ssh/sshbukatudou2019tetsudoukaramirunagoya.pdf

JR東海は2027年開業予定のリニア新幹線開業に向けて、1993年に旧名古屋駅を解体し、1999年に新駅舎とJRセントラルタワーズそして、2017年にJRゲートタワーを開業しました。JRセントラルタワーズの核テナントしては、名古屋マリオットアソシアホテルとジェイアール名古屋タカシマヤが百貨店として入居し、JRゲートタワーには、ユニクロや三省堂などタカシマヤが運営する専門店であるゲートタワーモールが入居しています。

名古屋マリオットアソシアホテルはJR東海系列のJR東海ホテルズが運営し、ジェイアール名古屋タカシマヤはJR東海の連結子会社であり、議決権の61.2%を有し、高島屋側は持分法適用会社となり議決権は34,1%を有していることからも分かるように、経営の主導権はJR東海側にあります。
なぜ、JR東海は自社の商業施設として高島屋を誘致したのか。JR東海自社内にも駅ナカ商業施設を運営する名古屋ステーション開発株式会社があるにもかかわらずです。

JR東海は国鉄民営化に伴い、1987年に東海旅客鉄道株式会社として誕生した後、老朽化した名古屋駅の建て替えを計画します。それまでの6階建ての建物から高層ビルへと変貌し、駅のコンセプトを乗り換えするための場所から滞在型へと変質していくこととなります。そのためには、電車を待つ間の短時間での購買から、わざわざ駅構内に来て頂き、ショッピングをしていただく装置が必要でした。その装置の候補として当初は、百貨店である松坂屋が選ばれているとされていました。
ただ公式な発表がないため憶測となります。松坂屋と言えば、名古屋を代表する商業施設の雄とされています。その松坂屋は新しく出発するJR東海にとってはタッグを組んで新しく船出を行うには、最適のパートナーになれると踏んだはずです。しかし当時松坂屋はJR名古屋駅に隣接していた名古屋ターミナルビル(現JRゲートタワー)にも松坂屋名古屋駅店が出店しており、仮に出店するとした場合、栄にある本店と食い合いになってしまうことを危惧したのではないだろうか。またJR東海は民営化後、自社のコアコンピテンシーである東海道新幹線の価値増強に邁進しており、そのことが地下鉄利用客の減少につながることは、松坂屋のみならず栄地区の商業施設にとっても避けたかったのではないだろうか。結局、JR東海内での商業施設には高島屋が選ばれることとなった。当時の中京地区内の高島屋は、岐阜市の高島屋岐阜店のみであり売上は松坂屋本店の約50分の1であった。高島屋にとって名古屋出店は大きなチャンスであったが、松坂屋という巨人に加え、栄地区の三越などとも競合することとなり、大きなリスクも孕んでいました。そのためJR東海との間では、持分法適用会社として出店したのでしょう。

JR東海としては、名古屋駅を場所と場所を結ぶ結線から、滞在型への場所への変革を求めた結果
駅ナカに入れる商業装置として百貨店を選択しました。しかしなぜ高島屋なのか。大丸や阪急、そごうではなかったのか。候補としては大丸は有力だったはずです。しかし、大丸出身の新井田 剛さんが書かれた『百貨店のビジネスシステムの変革』によれば1990年代は創業者出身の下村さんから奥田努さんへと交代し、構造改革の真っ最中でした。そのような状態の大丸が、リスクの高い名古屋地区への進出へはほぼ候補には挙がってこなかったのではないだろうか。

松坂屋としても、無理にJR名古屋駅構内へ進出しなくても、栄地区内での売上を上げていくことの方がが先決で、仮に高島屋が進出することが耳に入っていても、岐阜の高島屋を見れば、自社の安定は脅かされることはない。無理にパイを広げることはリスクが高いとされたのは非常に合理的な判断だったと推測されます。しかし、その合理的判断が短期的には善であったかもしれないが、長期では、逆に名古屋の商業施設の重心を栄から名古屋駅前へと移動させるきっかけとなってしまいました。

平家物語にもあるように「奢れるものは久しからず」です。名古屋の商業地区は栄であるという絶対感が、JR東海と高島屋のタッグによって崩されてしまいました。今後、リニアが開通するとさらに名古屋駅も栄えていくことになるでしょう。今度は名古屋駅が栄と同じ状況となり得ることが予想されます。いつの時代にも新たなゲームチェンジャーがやってきます。慢心にならずいつの時も現状だけでなく、未来を見据えてビジネスを行っていくことが必要なのですね。

 

 

 

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