「田辺市:百貨店と商店街の思い出」

社会人大学

同じゼミで学ぶ方より、田辺市にかつて百貨店が存在していた事を教えて頂きました。

その百貨店は、切荘百貨店といい、現在のJR紀伊田辺駅から徒歩で約10分ほどのところで営業していたようです。

現在は、建物だけが残るところと、駐車場になってしまったところの二箇所となり、百貨店としての形態は無くなっていました。

ちょうど、切荘百貨店の建物の前に和菓子店があったので、休憩をかねて立ち止まってみました。

和菓子店の名前は「辻の餅」さんといい、創業は天保年間と江戸の後期から営む老舗の和菓子店でした。

出来立てのみたらし団子を頂きながら、ご主人さんにお話しを伺うと、ほんの20年ほど前までは賑わいがあり、お店の前の栄町通りは、買い物客でごった返していたそうです。

辻の餅|紀州田辺とっておきの名物!
田辺市の地域産品の販路拡大及び販売促進を図り、地域産品の流通及び各種イベントを通して都市消費者との交流を促進し、本市と地域産品の認知度を向上することで、地域産業の育成と発展に寄与することを目的とする団体です。

田辺市は、歴史的にも、熊野山々への参詣道への分岐点となっていたため、古くは京からの熊野詣でなどで訪れる人の宿場町として、賑わいをもたらしていました。

戦国時代から江戸時代にかけては、田辺湾へ繋がる会津川河口に田辺城が築かれ、藩主の安藤直次により城下町が形成されてきました。

安藤直次は、座という商業の特権を町や商人に与えることで、魚の座や破物座(陶器)などが形成され、これらが現在の田辺の商店街の基礎になったと言われています。

また、現在の田辺市の約8割は森林で占められ、林業の中でも製炭業が盛んであり、鉄道や港湾、道路の整備によりさらに発展していくことになります。

さらに、高度経済成長を背景に田辺の商店街もさらに、発展が続くことで、田辺市内に初の百貨店が誕生することとなったようです。

ネットで切荘百貨店について検索をしてみても、あまり正確な記述が見つけられなかったことから、現地を訪れることにしました。

お昼を頂いた宝来寿司さんは、門構えや店内はこれぞお寿司屋さんという感じできりっとしていました。頂いたさんま寿司も海を感じさせてくれる絶品でした。

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お店のご主人さんや店員さんとお話しさせて頂くと、買い物へいく時は、切荘百貨店をよく利用していたとのことでした。

今は、もう営業を取りやめていますが、思い出は残り、楽しかった様子を教えて頂きました。

百貨店に限らず、商店街での様々な思い出は人々の中に残り続けていきます。

ここに百貨店や商店街の経済活動に加えた新たな価値が存在するのではと考えます。

お店での購買を通じての経験や思い出を作り出せる場所というのが、百貨店や商店街であり、その思い出が後世に伝わっていく。

そんな事を考えさせてくれる町でした。

田辺市は、訪れるには大変おすすめの町です。

https://www.tanabe-kanko.jp

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